暗号資産取引所の本人確認が、また一段と厳しくなる。大手取引所のBybitは30日、日本の規制ガイドラインに合わせるとして、翌31日午後9時から日本居住者の新規登録を停止すると発表した。背景にあるのは、金融庁が進める規制強化と、取引所に求められるKYC(本人確認・顧客確認)およびAML(資金洗浄防止)体制の底上げだ。既存ユーザー向けサービスは当面継続されるが、市場では「海外取引所の日本対応」が次の段階に入ったとの見方が広がっている。
Bybitが日本の新規登録を停止、取引所のKYC強化が現実に
Bybitはプレスリリースで、日本在住の個人・法人の新規ユーザー登録を停止すると説明し、措置を「金融庁の進化する規制枠組みに合わせるための積極的な一歩」と位置づけた。今回の変更は入口の管理に直結し、取引開始前のKYC、すなわち本人確認と顧客確認の運用が、事業継続の前提になりつつある現状を映す。
同社は2018年設立で、世界で7,000万人以上のユーザーを抱え、取引高では世界第2位規模をうたってきた。規制当局の目線が厳しくなるほど、大手ほど対応が注目される。実際、日本の利用者にとっては「海外の大手なら使える」という感覚が揺らぎ、国内で登録を受けた取引所へ回帰する動きが出やすい。
登録停止は新規に限定され、既存アカウントの機能には直ちに影響しないとされる。ただ、取引所にとっては新規獲得よりも、審査・監査・運用記録といったコンプライアンスの土台づくりが優先される局面に入ったと言える。次に焦点となるのは、登録再開がいつ、どの条件で実現するのかだ。

金融庁の規制強化と法制度見直し、KYCとAMLの要求水準を引き上げ
今回の動きの底流には、日本の法制度の見直しがある。暗号資産はこれまで資金決済に関する枠組みで監督されてきたが、今後は金融商品としての位置づけを強め、金融商品取引法の対象へ再分類する方向性が示されている。そうなれば、取引所は証券会社に近い水準のコンプライアンスを求められ、審査・内部統制・説明義務の重みが増す。
具体的な焦点は、マネーロンダリング対策の実効性だ。単に身分証を確認するだけではなく、顧客のリスク評価、取引目的の確認、疑わしい取引の検知と報告まで一体で設計される。ここで中心になるのがAMLと資金洗浄防止の枠組みであり、運用面では取引監視の精度が問われる。
規制の強まりは、過去の警告とも無関係ではない。金融庁は2021年と2023年に、Bybitが無登録で営業しているとして警告を出していた。2024年10月には暗号資産を金融商品取引法の対象とする方針が打ち出され、方向性がより明確になった。時間をかけて積み上がった圧力が、今回の戦略的な判断につながった構図だ。
さらに、業界全体では大型のハッキング事件が相次ぎ、顧客資産保護や内部監査の重要性が再確認されている。Bybit自身も、北朝鮮系ハッカー集団「ラザルスグループ」による約15億ドル規模のハッキング事件を受け、内部レビューとセキュリティ体制の再構築を進める姿勢を示してきた。規制とセキュリティが同じ方向を向くほど、KYCは「手続き」から「防衛線」へ性格を変えていく。
国内取引所と海外プラットフォームへの波及、取引監視と顧客確認が競争軸に
Bybitの新規登録停止は、日本の個人投資家にとって選択肢の再編を意味する。海外取引所を利用していた層が、国内で認可を受けた取引所へ移る可能性があり、bitFlyerやGMOコインなどにとっては顧客獲得の機会になり得る。もっとも、国内外を問わず、口座開設のハードルが上がること自体は避けにくい。
ここで差が出るのは、審査の速さではなく一貫性だ。本人確認書類の確認に加え、取引パターンの分析、入出金経路のチェック、疑わしい動きへの対応が不可欠になる。現場では「口座を作って終わり」ではなく、継続的な顧客確認と取引監視を回す体制が、収益モデルそのものに影響を与える。
Bybitは日本市場から恒久的に撤退する意図はないとし、新規制下での正式ライセンス取得を目指して準備を進めていると説明している。規制対応を進める取引所が増えれば、ユーザー体験も変わる。たとえば、一定額以上の送金や高頻度取引の前に追加の確認が入るなど、利便性と安全性のバランスが再設計される局面が続く。
国際的に見ても、日本の枠組みは他地域の制度設計に影響を与える可能性が指摘されてきた。EUやシンガポールなど各地で暗号資産のルール整備が進む中、日本市場で求められるKYCとAMLの水準を満たせるかどうかが、海外勢の参入条件になっていく。取引所の競争は手数料から、信頼を支えるコンプライアンスへと重心を移し始めている。
